夏!!

夏です。夏休みのご予定はいかがですか?
夏になると館山・南房総は、他県のナンバーの車が多くなっています。
やはり、海に遊びに来られるんですね。

夏になると、館山市内のいたる所でお祭りが始まります。
山車や御船・屋台のお囃子が聞こえてきます。
なに渋滞してるんだ?と思うと前には、山車や神輿。
祭り好きは、わざわざ渋滞して見に行ったりしますが、観光で来られて
いる方には、ちょっと迷惑かも?と思う事も・・・

これからのイベントをご紹介します。
まずは、
8月1・2日は、たてやまのまつりです。館山神社周辺の山車・御船・神輿が
練り出します。
たてやままつりたてやまのまつり2
個人的に、新井地区がの御船がメインです。1枚目は、2日のお浜入りした時の写真。
2枚目は、赤山地下壕側の坂道を駆け足で登っている写真です。
(自分がまつりに参加しているので、写真を撮ってる暇がなくいい写真がありません(汗))

8月8日は、館山湾花火大会。北条海岸・新井海岸で楽しむ事ができます。
水中花火や特大スターマイン約1万発が上がります。

8月10日は、安房神社祭礼。
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8月20~22日は洲崎神社祭礼。
県無形民俗文化財「洲崎のミノコオドリ」が披露され、約150段の階段を下りる
御神輿は迫力満点です。

館山の楽しみは、まだまだあります。
スノーケリングやダイビング・シーカヤック・サーフィン。。。。
いろいろ遊んだ後は、温泉へと・・・・
お気に入りはというと、安房自然村の温泉です。
小さ目なので、混んで場合がありますが、源泉の温泉で、琥珀色のお湯が特徴
です。建物の雰囲気もいいですよ。
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是非、夏の館山をお楽しみ下さい。渋滞・混雑はご了承ください。

地域調査(南房総市千倉町・円蔵院編)

南房総市千倉町にある円蔵院に行ってきました。
南房総市千倉町の高家神社からすぐのお寺さんです。

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円蔵院は、往古荒神山徳恩寺円蔵院と号し、北朝夷字寺庭にあり、当寺は安房3巨利の1宇として、
府中の宝珠院(とあるHPには宝来院になってますが・・)の次席に位置し、末寺53ヶ寺を傘下
におさめ、中には領主の朱印による寺領を有するもの4ヶ寺もあり、真に地方の小本山の感があります。
文安元(1444)年住職源秀大いに寺門を興し、その後現在地に移り称号を新福山と改め現在に至ったと
いいます。また一説によると、元禄16年11月の大地震・大津波によって大被害を受け、現在地に移転し
たとも伝えていますが、明らかではありません。
53ヶ寺の末寺を統轄した歴代の住職は、大僧都・権僧正・権大僧正という高位を有し、56世を数える名刹
で天正年間(1573~85)正親町天皇の時、里見8代義頼・9代義康より寺領として、お墨付石高50石及び
境内地を寄進されました。その後、江戸幕府の時代に至っても、里見家寄進の寺領に対して歴代将軍より
安堵の朱印状が下賜されました。
まぁ~簡単にいいますと、位の高いお寺さんだったんです。

今回は、特別に中を見ることができました。
中には、初代後藤利兵衛橘義光の作品の欄間や大蔵経・本堂扁額などがあります。
その前に、後藤義光とは、江戸末期から明治初期の彫刻師で、数多くの門人を育てた人です。江戸で大き
な勢力を誇った後藤茂右衛門の流れの彫工で、後藤三次郎恒俊の弟子。義光は、千倉の出身で千倉後藤系
を興し義光の名は三代つづくが、いずれも迫力ある作風です。安房の三大名工の1人です。

さぁ~中へ。。。
まずは欄間を・・・
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義光45歳作 安政6年(1859年)

次に扁額
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義光71歳作 明治18年(1885年)

仏像(釈迦)
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義光70歳作 明治17年(1884年)

大蔵経
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義光作

宝篋印塔
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義光72歳作 明治19年(1886年)

残念な事に欄間が・・・・ボケちゃいました(涙)次回チャレンジしてきます。

彫刻も素晴らしかったんですが、私にとって興味をもった物がありました。
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なんと籠ではないですか!!昔、ご住職が移動する時に使っていたものだそうです。
今でいう公用車ですね。いやぁ~大きなお寺さんだった事がわかりますね。
ちょっと降ろしてもらって、中が見たいと思うのは、私だけでしょうか?

館山・南房総には、歴史があるお寺が沢山あります。ちょっとお寺巡りをしてみては
どうでしょうか?
次回、円蔵院の公開日は、8月16日(金)・8月21日(水)
の10時~14時です。拝観料は無料ですが、お賽銭持ってお越しください。

地域調査(南房総市和田編)

今回は、南房総市和田地区にある正文寺周辺を調査してきました。
南房総市和田地区の地域協議会さんより7月20日ガイドの依頼ばありまして、その為の下見になります。

今回のテーマは、正木氏の里ウォーキングとして、正木氏と関りのある場所を散策します。
あっ!正木氏ってなに?と思ってる方もいると思いますので、ちょっと正木氏の紹介を・・・
日本の氏族で、三浦半島を中心に平安時代末から鎌倉時代にかけて、房総半島にも勢力をのばし、
東京湾の制海権を握っていた三浦氏の系統だと言われています。

今回のウォーキングコースのメインテーマの正木頼忠氏は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将。安房正木氏の一族である勝浦正木氏の当主正木時忠の次男です。
時忠(父)は安房里見氏に属していましたが、里見氏からの自立を目論み、北条氏康に属しました。そのことにより、頼忠は、人質として小田原城に送られ、小田原で結婚し、為春と於万を儲けました。その後、時忠(父)の跡を継いだ兄・時道は、北条氏から離れ里見氏に再属しました。頼忠は、北条氏の縁戚であった為、殺害はされませんでしたが、日常生活は監視されていました。その後、兄の急死、翌年父が死去した為、勝浦正木氏の家督を相続し勝浦城に戻ることになしましたが、妻と子供達は小田原に残す事になりました。頼忠の子・於万(後に養珠院)は、徳川家康に見初められ側室となり、子供は紀州徳川家初代藩主(徳川頼宣)と水戸徳川家初代藩主(徳川頼房)になりました。

ざっとこんな感じなんですが・・・なかなか正木氏は奥が深くて大変なんです。

さて、ちょっと知っていただいたところで、正文寺からスタートです。
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正文寺は、日蓮宗大本山小湊誕生寺の末寺です。当初(1175~1180)は、禅宗の寺でしたが、
1574年に正木頼忠が父・正木時忠の菩提のため、亡くなったこの三原の地に日蓮宗として再建
したと伝えられています。

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祖師堂です。外陣書面には明治21年、館山の川名楽翁によって書かれた絵馬「日蓮鎌倉帰着之図」
が掲げられています。また、お万の方寄進した物もあります。

川名楽翁作絵馬「日蓮鎌倉帰着之図」

川名楽翁作絵馬「日蓮鎌倉帰着之図」

お万の方寄進の御駕籠の棒

お万の方寄進の御駕籠の棒


残念な事に、籠の方は壊れてしまったそうです。
まだまだ正文寺については書きたいところですが、それだけで終わってしますので、次に・・

正文寺の裏山には、三原城跡があります。正木十郎時通の居城といわれています。また、台地の畑は
大庭遺跡といわれ、縄文土器片や黒曜石が出土するそうです。

三原城跡から見た景色

三原城跡から見た景色

地区の境にはこんな物が・・・自分の地区に、病気などが入ってこないようにしたものです。
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天御中主神社(あめのなかぬしじんじゃ)に向かう道は、なかなか味のある道です。
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天御中主神社(あめのみなかぬしじんじゃ)

天御中主神社(あめのみなかぬしじんじゃ)

最後は、お塚(正木家の供養塔)です。
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今回のテーマでもある正木氏の供養塔は外せない場所です。

ざっとご紹介しましたが、抜けてる場所がありますので、ご興味のある方は、是非参加して下さい。

今回は午前中に終わったので、和田町の道の駅WA・O!へ昼食を。。。。
6月から始めたくじら丼
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私は食べなかったので味については、分かりませんが・・・みなさん美味しそうに食べてました。

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私の食べたアジフライ定食です。おいしゅうございました。

月イチツアー7月「頼朝伝説と洲崎を訪ねる」報告

7月の月イチツアーは、梅雨明けすぐの7月7日に開催しました。
前日、テレビでは「今年一番の暑さになるでしょう」なんて言ってたので、水分と熱さまシート
を準備して、日焼けクリーム塗って万全の態勢で朝集合場所へ。
車から降りたくない・・・・と思いましたが、なんと海風が吹いていて、思ったより暑く感じ
ない。館山・南房総のいいところの1つ、海風が涼しい事です。日影に入ればなんとまぁ~爽やか
な事・・・・でも、やはり日向を歩くので、注意は必要です。

今回のツアーは、洲崎神社からスターとします。
洲崎神社は、源頼朝が石橋山の戦いでやぶれ、伊豆から逃げて来た時に、必勝祈願をした神社です。
洲崎神社にお参りから、頼朝の「いざ鎌倉へ!!」が始まったんですね。
本殿までは、急な階段を登って行きます。
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写真は、のぼり終えた景色です。

本殿前では、特別に宮司さんがご案内して下さいました。
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宮司さんの計らいにより、中にも入らせていただきました。
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中からの景色はこんな感じ。。。
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神様におしりを向けてしまいましたが、神様はいつもこの景色を楽しまれてる?いや、海の安全を見守って
くれているんですね。

次は、頼朝伝説が残る養老寺へ。
伝説の1つ、頼朝が洲崎神社への参詣したおり、昼食時に箸の代用にたススキを地に挿し、「わが武運
が強ければここに根付けよ」というと、のち数茎に根付いたという伝説があり、地元の人は「一本すすき」
と呼んでいます。
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役行者の岩屋です。
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岩屋の前には多くの履物が奉納されています。役行者が海上歩行や空中歩行の神通力を持っていること
から足の守護神とされているんですね。八犬伝では、役行者が化身が伏姫に仁義礼智忠信孝悌の八字
が浮かぶ数珠を授けるという場面に登場する場所です。

次は、矢尻の井戸から栄の浦へ。
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次に目指すは灯台へ。
途中、映画の撮影のセットが・・・・
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エキストラのみなさんスタッフのみなさんお天気に恵まれてよかったですね。
でも、暑そう・・・・

灯台へ辿りついたら、なんとヘリでの撮影があるらしく、奥まで入れなかったんです。
すごく景色がよかったと思うんですが・・・・写真に収められず・・・・
しかたないので、ヘリを撮ってみました。
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海岸へ出て、昼食です。海風が気持ちいい・・・・
食後のデザートは、灯台の入口のところにある、森田屋さんへ。
下見の時も食べましたが、今回も自家製ところてんを食べました。酢が体に浸み込む~

最後は、御神石へ。もう景色が最高!!です。
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今回は、暑さに負けずがんばって歩きました。心配していた程、暑さも厳しくなく、みなさん無事に
終わる事ができました。

イベントツアー「白浜塩浦浅間神社奇祭見学と大滝めぐり報告

本日は、昨日(6月30日)に行われました、南房総市白浜塩浦地区の浅間神社の
祭礼を見るツアーを実施しました。
梅雨時期もあり天候を心配していましたが、すごく暑くもなく夏場のウォーキングには
ちょうどいい感じでした。

白浜塩浦の浅間神社の祭礼は、富士山の山開きに合わせて行われます。(1日フライング
ぎみですが・・・)2時から祭典が行われるという事もあり、周辺の散策へ。

まずは、塩浦小滝へ。小滝の近くには、小滝涼源寺遺跡後があります。今は、発掘も終わり
畑になっているので、どこに??という状態ですが・・・
小滝涼源寺遺跡は、安房の古代祭祀遺跡のうち最古のものです。「まつり」の時期は、4世紀
中葉から5世紀初頭にかけて行われていた場所です。

塩浦小滝は、水量がありなかなかのものでした。(下見の時は、まったくでしたが・・)
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今回の写真は、カメラを忘れてスマホの画像です。ちょっとイマイチなのですみません。

塩浦小滝の所には、鍾乳洞もありますが、現在は立入禁止になっています。
次に、塩浦大滝へ。
塩浦大滝の近くで、塩浦大滝周辺の整備を行っている方にお会いしました。約3年前は、草や
竹などで人が近づけないような状態だったそうです。少しづつ整備を重ねて今の状態までに
なったそうです。前は、ゴミも多く片づけるのに大変だったそうです。
その方は、魚つりがしたくて、白浜に移住されたそうですが、山に魅せられて(たぶん大滝に
魅せられて)整備を始めたそうです。
すごく頭が下がります。
塩浦大滝は、小滝と同様、今回は水量が多く素晴らしい滝です。滝のそばは、マイナスイオン
が多く、すがすがしかったです。ちょっとここで、ゆっくりしていたい気分になりました。
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写真には入りきらなかったのですが、まだ上から出ています。

次に地蔵岩屋を見学。
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次は延命地蔵へ。
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大きなお地蔵様です。

お地蔵様は、地蔵菩薩で、大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々をその無限の大慈悲の
心で包み込み、救う所から名付けられたとされる。一般的には「子供の守り神」として信じられており、
よく子供が喜ぶお菓子が供えられているところもあります。親しみを込めてお地蔵さんとかお地蔵様と
呼んでいます。

さぁ~本題の浅間神社へ。
2時からこっとり場と呼ばれるところで、祭典が行われました。
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祭典も終わり、本殿へ向かいます。
ほら貝の音と同時に山開きになります。
私達も、宮司さんや氏子さんの後に続いて、本殿へいきます。

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いつもは、拝殿や本殿が閉まっていますが、今日は特別に拝殿を通って行きます。

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ちょっと急なので、ゆっくり上がっていきます。

頂上にある本殿です。
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こちらも普段は見る事のない本殿です。
今回は、カメラを忘れてしまった事を悔やむ一日でしたが、良い物が見られました。
皆さんもこの夏、滝を見に来てみては、いかがでしょうか?