お散歩ツアー「古代からの農村「香」」報告

各地で大雨の被害やゲリラ豪雨で大変な所もありますが、案外おだやかな南房総。
そんな中、お散歩ツアー「古代からの農村「香」」を小雨の降る中、開催しました。

集合場所は、香集会所。コースをご紹介する前に、香地区とは、どんな所なのか
簡単に説明します。
今から約1200年位まえ奈良天平の時代には、平城京にアワビ干物(のし)を
貢ぐ、朝廷直属の海人(漁師)が住み着いていました。当時、アワビは貴重なタン
パク源で、特に塩見、香で加工された物は高級品でした。平城京跡を発掘した時、
木簡(荷札)が出土し、「賀宝(こう」と書かれた木簡が出土しました。
香川に沿って集落があったので、香(こう)の谷津(やつ)と呼ばれていました。
本当なら「香村(こうむら」が正しい読み方だそうです。古い墓石にも「かうむら」
と彫られています。さらに時代を遡ると、縄文遺跡も点在し、古代より続く山漁村
であったことが伺える地域です。

そんな地域を約2時間4kmを散策します。
まずは、集会所を出て下の堂へ。
IMGP1327
宝永4年(1707)に地元の鈴木七右衛門(蓮求)が日本廻国を成し遂げた記念の廻国塔が
あります。

浅間神社の鳥居を通り、海岸へ。
IMGP1262IMGP1328

海岸を通り、香掩体壕跡へ。
IMGP1264
館山海軍航空隊の航空機格納庫としてつくられた施設です。現在もはっきりと残されて
いるのは、ここと赤山地下壕裏だけです。
ういのガイドは、長靴を履き調査したそうです。

次に向かったのは、浅間神社です。
IMGP1271
香の鎮守で、富士山の神が祀られています。毎年5月31日が「お山」と呼ばれる山開き
で、山頂の奥の宮にはだしで登る風習があります。
(今回は、奥の宮へは、行きませんでした。)

ここの狛犬は、顔がとても特徴があります。
IMGP1269IMGP1267
口の所に蜘蛛の巣が沢山あったので、お客様が、狛犬の歯磨きをしてくれました。

香川沿いを歩き、祭面の庚申塔へ。
ここは、竹に囲まれていて、道路からはちょっと気づかない所にあります。
IMGP1274
「庚申青面金剛童子」の文字と三猿が刻まれている享保3年(1718)の庚申塔です。
与兵衛夫婦をはじめ8軒の夫婦で建立したもので、昔は南側の高台にありましたが、
穴から落ちてしまったので、与兵衛屋敷に建てなおしたものだといいます。

民家の裏山に、宝篋印塔があります。今回は、お家の方に許可をもらい、敷地内を通り
見せてもらいました。
IMGP1337
この宝篋印塔は、市指定文化財になっています。応永8年(1401)の宝篋印塔含めて、
2基の宝篋印塔と5基の五輪塔があります。元々は、裏山中腹のヤグラにあったの
ですが、戦時中の軍の施設建設が行われて下ろされました。伝説では、里見の武将
5人の墓だと言われています。なぜ?そんな伝説があるのかと言いますと、裏山は
ヨウガイ(要害)と呼ばれ、里見の出城と伝承される戦国時代の城跡だったからです。

次に向かったのは、金剛寺です。
IMGP1346
真言宗のお寺で、山号を大明山といいます。
IMGP1342
無縁仏のなかに香谷村女念仏仲間19人が建立した如意輪観音像があります。
元禄前後のものだと思います。

本堂の木鼻は、ちょっと他では見られない可愛らしい物です。
IMGP1339
ピグモンに似ていませんか?

次に地蔵堂へ。地蔵堂は上の堂とも呼ばれています。
IMGP1351
墓地には、念仏講による元禄13年(1700)の地蔵尊像や、同講の女性12人が元禄7年
(1694)に建立した如意輪観音があります。

その後、集会所へ。
小雨の降る中、無事にツアーは終了しました。

月イチツアー「鋸山と石の町探訪」報告

いやぁ~梅雨入りしてしまいました。なんだか、心もどんよりしてしまいます。
ウォーキングツアーをするにも、天気予報とにらめっこな状態ですが、今回の
月イチツアー「鋸山と石の町探訪」は、天候に恵まれました。

集合場所は、釣り人も多く訪れる岩壁の近く栗坪浜緑地です。少し前に東京湾
にシャチなんてTV言ってましたので、目を凝らして海を見ていましたが、まっ
たく居る気配がありません。その代り、東海汽船のジェット船を見る事ができ
ました。
まぁ~そんな話はよいとして、こちらから出発します。
IMGP1302

眼と鼻の先程のところに、鳥居が見えます。鳥居の基礎には、多数の船の名前が
刻まれています。自然石を削った参道を登ると岩屋が見えます。
IMGP1303IMGP1305

こちらで、安全祈願をして鋸山をめざします。

金谷の町の中を歩くといろいろな所に石のオブジェを見ることができます。
石の彫刻 たわわわ-11石の彫刻 魚-7
なぜ?街中にこんな石のオブジェが?と思うかと思いますが・・・・金谷は江戸時代
後期から明治時代にかけて、鋸山から切り出される房州石の産地として栄えました。
「石と芸術の町」として町おこしの一環で、学生が作成した房州石のモニュメントが
町の各所に配置されているのです。

モニュメントだけでなく、石の町ならではの石垣や石の蔵なども見ることができます。
鈴木家石塀-6石塀-3石塀-1石蔵(美しい石模様)-2

金谷駅の近くに観光案内書「石の舎」があります。
石の舎 観光案内所-1
ここには、房州石を使った石窯があり、その石窯でピザを焼いています。
鋸山に登らず、ここで、ピザとビールで・・といきたいところですが・・・先へ進みます。

歩いていると「かぢや旅館」が見えてきます。
かじや旅館
こちらの旅館は、石職人の使う道具の製造・修理をしていましたが、石船が金谷から江戸・
横浜方面に行き来していたので、その利用者から金谷に宿泊施設が必要とされ、安政元年
(1854)に、旅館業に転業したそうです。

鋸山の入口に、金谷神社があります。
金谷神社-1
社伝では、養老4年(720)に伊勢外宮より、豊受神を勧請して、地主神・金山彦神と
併せて祀った古社です。この地は古くから砂鉄や石材の産地な事から、野鍛冶や石材
業の信仰厚く、境内社鐵尊神社ととも金谷の鐡尊様として崇敬を受けています。文明
元年(1469)、金谷の沖から重量1.5トン、直径1.5mに及ぶ円鉄が引き上げら
れたことから、古代の大鏡と信じられ、日本武尊の御遺物として境内に祀り、日本武尊
を合祀しました。大鏡鉄は、千葉県指定文化財です。
IMGP1307

いよいよ、鋸山へ。石段を登る前に、鋸山地殻変動観測坑を見てから、鋸山へアタック
します。
石段の路-1
ここは、1923年の関東大地震で、房総半島および三浦半島で地震にともなった大きな地
殻変動が観測されています。このことを考慮して、東大地震研究所は、昭和22年に三浦半
島の油壺に地殻変動の連続観測施設を設置し、その後、昭和34年、鋸山地殻変動観測所が
設置されました。30年以上継続した観測の後、平成5年10月から約1km南の鋸山山麓
に移転しました。

いよいよ石段にアタックです。
石段の路-5石段の路-7

石段の道には、お地蔵様や道標などもあります。
地蔵様 石段の路上尾根道標 石段の路-2

なんとか鋸山へ登頂成功しました。展望台から観る景色は、最高!!です。
展望台の展望鋸山-11

展望台付近で、昼食をとり下山し本覚寺に立ち寄り、駐車場へ。
本覚寺-1
本覚寺は、浄土宗の寺院です。元和年中(1615~24)に雄誉霊巖上人が、念仏講で当地
滞在中に建立し、開山は寛永8年(1631)です。

この季節は、いろいろな花が咲いていますので、今回少し紹介します。
石段に咲いていた花。

マジマイバラ

マジマイバラ

ケヤブタバコ

ケヤブタバコ

ヤマツツジ

ヤマツツジ

ウコン

ウコン

他で咲いていた花

オカタイトゴメ

オカタイトゴメ

トケイソウ

トケイソウ

ヤマボウシ

ヤマボウシ

まだまだありましたが、今回はこの辺で。。。