お散歩ツアー「加茂川流域散策」報告

11月の中旬だというのに、暖かい日が多い館山・南房総です。紅葉は、台風の影響
で海岸に近い場所は、塩害で紅葉を楽しむ事はできませんが、少し中の方に行くと、
塩害の影響がなく、紅葉を楽しめるかと・・・でも、館山・南房総は、もう少し後で
はないかと・・・

11月のお散布ツアー「加茂川流域散策」の報告をします。
今回は、鴨川市田原地域を散策しに行きました。
スターとは、JAの斎場 虹のホール鴨川さんの駐車場をお借りしてスタートです。

最初に行った場所は、田原交差点の所にあります、道標へ。

この道標は、鴨川の石造物百選に選ばれた道標です。
年号は、はっきりと読み取れませんが、文政4年(1821)に造られて物だと思われます。
兜巾(ときん)型の道標で、正面の上部、舟形の龕(ずし)の中に如意輪観音が刻まれ、
下部には、「西大山道」と大山寺への道筋が示されています。右側面には「右いそむら
前はら道」、左側面は「左清すみ天津道」とあり、磯村・前原・清澄・天津の現在地名
が刻まれています。

長狭街道を渡り、川代エリアの須賀神社へと向かいます。

祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)。通称は、天王様。創建・由緒は伝えられていま
せん。別当寺は、勝福寺が努めていました。旧号は、牛頭天王社と称しましたが、明治
2年(1869)9月に現号を改めました。川代地区の祭礼では、川代神楽が奉納され、須賀
神社と熊野神社で奉納されます。起源は、江戸時代初期と言われています。

次に向かったのは、熊野神社。

祭神は、速玉男命(はやたまのおのみこと)・大己貴命(おおなむちのみこと)・伊邪那
岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)・仁徳天皇など八柱の神が
祀られています。創建の年や由緒は明らかではありませんが、土地の人々が熊野三山(本
宮・新宮・那智)を中心に広まった熊野信仰を伝え、土地の「守り神」としたのだと考え
られます。川代の字名に熊野道があります。

こちらの龍の彫刻は、後藤福太郎橘義道の作です。

次は、お隣にある勝福寺へ。

真言宗智山派の寺院で、桂林山多門院勝福寺と称します。南房総市府中の宝珠院の末寺。
本尊は不動明王(はじめは阿弥陀如来)です。勝福寺は、房州真言宗の十本寺の一寺に数え
られ、門葉20か寺をもつ当地有数の寺院でした。江戸幕府から寺領20石を認められてい
ました。勝福寺に伝来する「由緒書」によると、創建の年は明らかではありませんが、厳海
(げんかい)という僧が阿弥陀如来を本尊として、川代の熊野道の地に建立したと伝えられ
ています。境内の毘沙門堂は、文明16年(1484)に完成し、その後、衰微した勝福寺を聖興
法印が永正2年(1505)に中興開山したといいます。天正年間(1573~1591)の初めには、安
房を支配した戦国大名里見氏の保護をうけ、大般若経六百巻と寺領20石の寄進をうけてい
ます。天正の中ごろ、度々の洪水によって境内地が崩され、本堂も流失したといいます。
そこで、慶長2年(1597)、宥長法印が里見氏の援助を得て、熊野権現屋敷跡(現宮ノ脇)に
本堂を建立したと伝えられています。宝暦2年(1752)には住職宥海法印が発願し、領主本多
正安の援助をもって毘沙門堂を再建しました。天保5年(1834)12月、火災によって本堂・
庫裡・土蔵・長屋門の四棟を失いました。住職憲勝法印は、さっそく再建に取り掛かり、多
くの人々の浄財を得て、天保7年に本堂・庫裡・長屋門を再建しました。このとき本尊を不
動明王に改めています。寛政元年ごろには、勝福寺祭礼には、市が立ち相当賑わいをみせて
いたようです。

区画整理された田んぼを見ながら、諏訪神社へ。

祭神は、建御名方神(たけみなかたのかみ)。創建等は不詳です。
本堂脇には、桜が咲いていました。

敷地内には大きな松の木があります。まつぼっくりも大きく、とげが出ています。葉も3本
で普通の松とはちがいます。テーダマツかスラッシュマツか私には、区別が難しいのですが、
日本古来のアカマツやクロマツとちょっと違います。

この松の葉は、まれに4本のがあり、少し探してみました。

次は、安房国札観音巡礼16番の石間寺(せきがんじ)へ。

真言宗智山派の寺院で、本尊は十一面観世音。
昔は、嶺岡山系の山の頂上にありましたが、火災で伽藍を焼失し、その後、観音台という所
に再興したといいます。江戸時代の元文年間にも火災があり、宝暦年間に再建されましたが、
さらに明治33年の火災で焼失すると、明治39年(1906)に、西福院と合併し小原寺(しょ
うげんじ)と改称し、翌年に再建したのが観音堂です。
小原寺は、真言宗に属し、本尊は不動明王(西福寺)と十一面観音菩薩(石間寺)。西福寺
の創建の年は不詳ですが、不動明王像は奈良時代の高僧・良弁僧正の作、十一面観音菩薩像
は弘法大師の作とする伝承があります。良弁僧正は、奈良時代の高僧の一人で、東大寺創建
の中心人物です。鴨川市平塚地区の大山寺の創建者とも伝えられています。
ご詠歌は「石のつま 峰よりおつる たきの水 むすぶこころは すずしかるらん」
観音堂の向拝の龍の彫刻は、後藤義光の弟子で国分の後藤義信です。

今回のウォーキングの見学場所はここまでです。あとは、出発地点へと戻ります。

今回駐車場を借りるのにご協力いただきました鴨川市田原公民館長さん、快くお貸しいただ
きましたJA斎場のみなさんありがとうございます。

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