お散歩ツアー「白蛇伝説と蛇喰集落散策」報告

10月も後半になりました。今年も残すところ2か月ちょっとです。
なんだかあっと言う間に、今年も終わりです。
また旅倶楽部では、来年度のコースを考えています。なにか良いコースありますかねぇ~。
あまり険しいコースはダメなんですけどね。お話ししながら笑いながら歩けるコースで、ちょっと
疲れた感のコースがあればメールにて教えて下さい。←わがままですね。

今回は、10月のお散歩ツアー「白蛇伝説と蛇喰(じゃばみ)集落散策」開催いたしました。
長雨になる前に開催したので、当日は晴天に恵まれ、とても良い半日になりました。
集合場所は、南房総市平久里中にあります平群天神社です。ここから、スタートします。

祭神は、藤原道真公、木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)天照大日霎貴命(あまてらす
おおひるめのむちのみこと)、建御名方神(たけみなかたのかみ)です。
文和2年(1353)室町時代、細川相模守が霊夢により京都北野天神をこの地に勧請しました。天正14年
(1588)里見義頼の命で大工飛騨守家助により本殿が改築され、貞享4年(1678)幣殿拝殿が改築され、さ
らに文化5年(1808)神照寺法印宥弘により再建され、明治6年(1873)郷社となりました。学問の神とし
て広く信仰され、通称天神様と呼ばれ親しまれています。


この狛犬は、武田石翁の作といわれています。神照寺の住職宥弘の時に氏子の寄進によって建立されました。

境内の奥には、安房国札観音霊場第14番、朝日山神照寺の観音堂があります。
ご詠歌は「朝日さす 夕日かがやく 神照寺 たのみをかくる 伊予のゆうだち」です。

創建された時期は不明ですが、天神社が勧請された時、その本地仏である十一面観音菩薩像が安置され、
隣接の神照寺が別当寺になったといいます。明治5年(1872)に廃寺となり、観音堂と十一面観音菩薩は
近くの泉龍寺の管理となりました。

観音堂の前には、光明真言供養塔があります。

天保14年(1843)に神照寺の住職宥弘が、天下泰平・国土安穏と五穀成就・万民豊楽を願って建てたも
のです。境内には、色々な碑が建てられています。

境内から参道に行くと大きなくすの木があります。

このくすの木は、夫婦くすの木といわれ、昭和39年(1964)に南房総市天然記念物に指定されました。
約千年前に住民が植えたものだと言い伝えられ、神社寄りのものは「男木」と呼ばれ幹周4.25m、樹高
25m、もう一本は「女木」と呼ばれ、幹周4.35m、樹高15mで、2本あわせて「夫婦クスノキ」と呼ば
れ御神木となっています。
このくすの木には、天狗の伝説が残されています。せっかくなので紹介します。
昔むかし、天神社の裏山に天狗が棲んでいて、夜な夜な人里に舞い降りては、米や鶏や野菜などを、手
当たりしだい盗み回りました。村人たちは困り、名主と相談してあることをしました。それは、大昔か
ら神社の境内などに生えている巨木には、不思議な力を持った霊が宿っているそうなので、天神社の参
道のクスでも良いだろうと注連飾りを結び、「村の暮らしが穏やかになるよう、天狗を追い出して下さ
い。」と、悪い天狗追放の願を懸けたのです。願懸けの効果はてきめんで、その次の夜から天狗は人里
に姿を現さなくなりました。それからしばらくしてですが、ある満月の夜、名主がクスの所にいきます
と、突然大きな音がして女木の注連飾りが切れ、根回りの一部が裂け、ぽっかり穴が空き、そこから天
狗の形をした白い雲が、天神社の方向へ流れて行ったのです。名主から話を聞いた村人たちは、「その
雲は天狗だ。クスが天狗を懲らしめるために、しばらく幹の中へ閉じ込めておいたんだっぺ」と噂をし
たそうです。いまも女木のクスには幹に大穴があいており、昔のように注連飾りが結ばれています。
(南房総市の昔話より)

次に向かったのは、泉龍寺です。

曹洞宗の寺院で山号を富士山。本尊は釈迦牟尼如来。創建は不詳ですが、元禄年間より以前といわれて
います。神照寺が廃寺になったとき、観音様とお堂の管理を引き継ぎました。

境内には、地蔵菩薩像があります。

優しいお顔の地蔵菩薩です。

いよいよ蛇喰(じゃばみ)集落へと旧道を通って向かいきます。
旧道からは、とても素晴らし眺めを楽しむ事ができました。

のどかな景色です。

蛇喰城跡です。

「房総の古城址めぐり」によると、里見義実が築いた城だといいます。
現在は、民家や田んぼ・畑となっているので耕作地化しているので、城跡といった遺構もわからない
状況となっています。

蛇喰集会所の場所でお題にもなっております、白蛇伝説のお話しを紹介。

平久里下区に「蛇喰(じゃばみ)」と呼ぶ集落があります。その蛇喰の中央にある小高い山の頂に、
むかし、お城がありまして、そこには、たいそう美しく、しかも、心優しいお姫様がおりました。
ある年の秋祭りのことですが、お城のお姫様が氏神様参りをしての帰り道、一匹の白蛇の無惨な死骸
に目をとめたのです。お姫様は、その白蛇の死を哀れみ、城内の高台に蛇塚を建てると、お寺の僧に
お経をあげてもらい、ねんごろに供養しました。そうしますと、お姫様の慈悲深い気持ちがつうじた
のか、お城のまわりにたくさんの蛇が棲みつき、お姫様を禍から守るようになったのです。
蛇喰の集落では、今も大小さまざまの蛇が野山はもちろん、農家の母屋や物置に棲みつき、冬でも暖
かい日には、田畑や路上や家の庭先で見ることができますが、不思議なことに、むかしから蛇に噛ま
れた者は、一人も無いというのです。それは、お城のお姫様に供養された白蛇の霊が、恩返しとして、
後の世の住人たちも守っているからです。(南房総市の昔話より)

民話に残る蛇塚は、ちょっと探す事はできませんでしたが、下見の時に会ったおじいちゃんは、違う
お話をしてました。おじいちゃんは、蛇喰地区に悪い事が起きていたので、安房神社にお参りに行き、
お願いをすると、その夜から蛇喰地区の家の各玄関先に蛇がとぐろを巻いていたそうです。蛇のおか
げで、蛇喰地区で悪い事が起きなくなったそうです。
どちらのお話しも蛇が悪い事を喰うという事で、蛇喰なんでしょうかねぇ~

次にむかったのは、竜泉寺です。
真言宗智山派の寺院で本尊は不動明王。創建は不詳ですが、開山は法印源海となっています。2世法
印頼宥が延宝元年(1673)に81歳で還化しているので、1600年代の開山と推定されます。
現在、本堂は建て替え中ですが、以前の本堂は、廃寺になった神照寺の本堂を明治14年に移築再建
したものでした。

参道から見上げた景色です。脇から道があり本堂へと行けるので、この階段はあまり使われてないん
のか、味がある階段です。

あとは、出発地点へと戻ります。
南房総市の平久里地域には、多くの民話が残されています。伊予ケ岳には天狗伝説などもあり、おも
しろいエリアでした。

10月の月イチツアー「信仰の里・佐久間を歩く」は台風21号接近の為、中止にしました。
来年度、このツアーは開催します。乞うご期待。

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