今回の月イチウォーキングはとてもいい天気に恵まれ、ウォーキング日和でした。
同じ日に、館山・南房総では、イベントが盛りだくさんで、イベント関係者もこんな
良い天気でほっとしていたかと・・・
今回のコースは、豊受神社を出発していきます。
豊受神社の祭神は豊受大神です。
裏路を歩き、山の神さまへ。
ここには、言い伝えがある場所なんです。
車1台通れる道を歩いて幻の鉄道トンネルへ行きます。
前回のガイドの独り事で少し説明しましたが、この鉄道トンネルは、大正17年(1918)
に開通した、全長736mの鉄道用トンネルです。
大正12年(1923)の関東大震災で中央部分約244mが土砂に埋まり、トンネル内に
大小の亀裂や変形が生じました。その後、修復され11月に一旦復旧しましたが、大正15年
(1926)に新ルートを走る事になり廃止されました。
レンガ造りのいい感じのトンネルです。現在は、水が溜まり中には入れない状態です。
次に目指すは、七面山へ。
途中に珍しい、消防用用水の川止用水をみました。
ここもなかなかいい雰囲気の場所です。
七面山は、むかし浅間山と呼ばれていましたが、のちに領主の雨乞いの祈祷料として山林を
奉献し七面堂が建立されました。七面堂には、木造七面大天女が祀られています。
222段の急な階段を登れば早いのですが、今回は、迂回して坂道で登っていきます。
けっこう坂道も大変です。
奥の院と御堂です。
この七面大天女は、こんな伝説があります。
日蓮が身延の谷で弟子や信者に説法をしていると、その中に妖しげな美女がいました。日蓮は、読経や
法話をするたびにその女性が度々現れていた事を知っていました。その女性に向かって、「皆が不思議
に思っています。あなたの本当の姿を皆に見せてあげなさい」と言いました。すると、女性は笑みを湛
え「お水を少し賜りとう存じます」と答えると、日蓮は傍らにあった水差しの水を一滴、その女性に落
としました。すると今まで美しい姿をしていた女性は、たちまち緋色の鮮やかな紅龍の姿に変じて仰った。
「私は七面山に住む七面大明神です。身延山の裏鬼門をおさえて、身延一帯を守っております。末法の
時代に法華経を修め広める方々を末代まで守護し、その苦しみを除き心の安らぎと満足を与えます」と。
そう言い終えるや否や、七面山山頂の方へと天高く飛んで行きました。
依頼、日蓮宗の守護神とされて祀られています。
七面山を下山し、妙福寺へ。
妙福寺は、日蓮が、建長5年(1253)、鎌倉に向かう途中、嵐で足止めを余儀なくされ、近くの岬に
登って一心に祈願すると嵐が治まりました。並みの僧ではないと感じたこの地の泉沢権頭太郎は、自宅に
招いて世話をしたと伝えられています。その後、日蓮は鎌倉に入り熱心に布教活動をしますが、幾たびの
迫害を受けました。父の墓参りと病身の母の見舞いに故郷小湊へ戻った時、以前鎌倉への渡海で世話にな
った泉沢家に立ち寄ると、老母に「妙福」の法号を授けました。太郎が弘安2年(1297)に身延山へ
日蓮を訪ねると、投宿した泉沢家で老母が衣を洗ったといに裸で読経した自分の姿を弟子日法に彫刻させ
た挫像とお題目の掛け軸を下さったので、お堂を建てて安置しました。その後、日念上人が来山して、妙
福寺として、現在に至ってます。
残すは、朝日地蔵堂へ。
いぼとり地蔵と言われています。噂では、ここのお地蔵さんの前で、悪口を言ったら体中にイボが出来た
という話が残っています。以前は、イボとりで地域の信仰があったのですが、現在は、こんな感じになって
います。ちょっとかわいそうな感じです。
今回は、南房総市南無谷地区を散策してきました。
次回は、12月1日に館山市の豊房地区を散策します。是非ご参加下さい。